【白龍園】京都庭園散策−2022年白龍園秋の特別公開に行ってきました

SALUKから徒歩数分の所にある庭園『白龍園』。
当店にいらっしゃるお客様の中にも白龍園さんの帰りと言う方々がたくさんいらっしゃり、名園なんだろうなぁとは思っていたのですが、予約制ということもありなかなか拝観のタイミングが掴めずにいました。
先日とあるきっかけで三代目園主様と夫がお知り合いになり、予約のうえ夫と初訪問しました。

白龍園といえば春の桜、秋の紅葉といった漠然としたイメージがあったのですが、園内に入ってまず驚いたのは苔の鮮やかな緑。一般公開されたのは10年程前からで、苔は自生したものだそうです。

白龍園の歴史

園主様がご説明してくださったお話によると、ここは作庭家の作った庭ではない、とのこと。
初代園主青野正一氏(青野株式会社の創業者)が1962年にこの地を手にされ、ご自身の美意識とこだわりのもとに完成させ、今もそのご家族と社員の方々が大切に守り続けている庭園なのです。

昔は不老長寿の白髪白髭の翁と白蛇を御祭神としてお祭りする祠があり、地元の方々の心の拠り所であった場所が、時代の変遷とともにいつしか荒れ果てていました。
初代青野氏が譲り受けた当初は親が子供たちに「あそこに入ってはいけません」と言い聞かせるくらいひどい状態だったそうです。
そのようななか、この土地に伝わる歴史と信仰を知った初代青野氏が魂の鎮魂とこの土地の人々の為に祭壇の復興と整地、開発をご決心されたのが白龍園の歴史の始まりです。

初めに祠を完成させ、徐々に参道の整備や庭園を広げていったとのこと。
庭園に関して、初めはとある造園会社に作庭を依頼したのですが、意見を反映させるのが難しかったようで、ご自身のご家族と社員の方々で地元の方々のご協力も得ながら創り上げていったとのことでした。

庭園散策

奥の院へ繋がる橋

石段を登り、苔の美しい庭園を散策すると、風がすーっと変わるような神聖な雰囲気を感じます。

名工 西村金造氏作の層塔
鞍馬石の干支燈籠
徳川家康に献上された燈籠

若き日の西村金造氏作の層塔や、今はもう作れないであろう鞍馬石の干支燈籠、徳川家康に献上された燈籠などただならぬ燈籠たちもございました。

このような開けた場所から色づいた山の樹々を見ることができ、とても爽やかな気持ちになります。

控えめでかわいい案内板

天鈿女命が天岩戸に隠れた天照大神を誘い出すために踊った際、身につけていたとされるヒカゲノカズラが自生していました。
感触はプルンプルンで、なるほどこれが動きに合わせて揺れるアクセサリーのようだから天鈿女命が身に付けたのかな、と想像してみたり…。

奥の院へ繋がる参道
霰零し
目地が切ってある部分も

奥の院へ繋がる参道や所々に建てられた東屋の足元は、霰零し(あられこぼし)と行って、大変手間のかかる意匠となっており、三代目の園主様も施工に携わっていたとのことで「だんだん石の色づかいに凝ってくるようになる」とおっしゃっていました。

東屋の土壁も錆が出るように創意工夫されているのか、随所にこだわりを感じます。

女性の庭師さんが来年の干支にちなんだ可愛らしいうさぎのお正月飾りを作ったり、竹を用いて制作された花器や蹲にお花が活けられたりしていて、社員の方々にも愛されているお庭なんだということが伝わってきます。山の斜面までお手入れされていて、とても感心しました。
お仕事をされている庭師さんや社員の方々もとてもフレンドリーで本当に癒される場所です。

最後に、この広い庭園がすべて人力で作られていると言うことで、途方もない労力に頭が下がる思いでした。
どんな苦労も厭わない程に愛情と情熱を持って作られたお庭。
その仕事ぶりを見ていると、ものづくりをする自分自身にも語りかけてくるものがありました。
それでいて心爽やかにさせてくれるお庭。
私たちも「近くにこんなに素晴らしいお庭があったなんて!」と大好きなお庭になりました。
この空気感はなかなか写真と文章ではすべて伝えられませんので、ぜひご都合をつけてご覧になっていただければ幸いです。

SALUK店主 甲斐

【白龍園】
所在地:京都市左京区鞍馬二ノ瀬町106

白龍園の秋の特別公開は2022年は12月4日まで、Webからもご予約いただけます。
ご予約はこちらのリンクからも可能です→http://hakuryuen.com/
毎年春と秋に特別公開。

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